強いと言われていた台風19号に怯えながら家に引きこもっていたあの日の夜、箱根がこれまでにない大雨に見舞われていると知りました。芦ノ湖が氾濫したという情報もあり、ただでは済まないと感じました。そしてTwitterで見たのは川のようになった小涌谷駅前の国道1号線。その下には小涌谷踏切があります。多少の道床洗堀や土砂流入は覚悟しましたが、まぁそれでも数週間、長くても2か月ぐらいで動くだろうと思っていました。しかし翌朝起きてTwitterを開けて、目に飛び込んできたのは線路が崩れ落ちた蛇骨陸橋。自分の目を疑いました。これは蛇骨に似ているが、どこだろう、いつだろう、何線だろう。でも見れば見るほど、それは蛇骨陸橋でした。衝撃でした。言葉が出ませんでした。当時僕は浪人生でしたが、その日は勉強が手につきませんでした。
あれから285日。箱根の山に登山電車が戻ってきました。長かったけど早かった。箱根登山鉄道さん、沿線のみなさん、関係者のみなさん、登山電車の復旧を心よりお祝い申し上げます。そして自分自身も一人の登山電車オタクとして、いや、子供のころから登山電車に慣れ親しんできたファンとして、心から待ち望んでいた日でございました。
さて前置きが長くなりましたが、そんな2020年07月23日、全線運転再開当日に登山電車に乗ってきたので、その日の写真を少しだけ並べていきます。ところどころ僕の感情が溢れるかもしれませんが、ご承知おきくださいませ。また運転再開前に訪れた時の記事もありますので、そちらも併せてご覧ください。なお当日は新型コロナウイルス感染拡大防止のため、あらかじめ自宅で体温を測定し発熱がないことを確認したうえで、三密をできるだけ避けて行動しました。

小田急線車内の中づり広告です。
ちなみにこの日は臨時特急ロマンスカーおかえり登山電車61号が運転され、本厚木~小田原で乗車しました。その時の記事も後ほど書きますね。

箱根湯本駅ホームの発車標です。長らく運休表示だったこの表示器。久々に全線が平常通りになりましたね。ただこの日は直後に機械故障のためロープウェイの早雲山-大涌谷間が運休になりましたが・・・。そしてやはり、発車標に「強羅」の文字が出ているのはとても感慨深いものがありました。ああ登山電車が動き出したんだなとそう感じた瞬間でした。


湯本から417列車で被災箇所を見ながら強羅へ(写真はありません)。車両はS3編成で、再開後の下り一番列車に使用された編成でした。さて、写真は運転再開記念のポスター類です。特に強羅管区では駅員さんたちが喜んでいるポスターが作られあちこちに貼られていました。喜びが伝わってきますね。パーミル会のお祝いポスターもありましたが、先日の豪雨で今度はパーミル会の一員である叡山電車が被害を受けてしまいました。叡電が一刻も早く運転再開できることを願います。

式典のためテントが貼られた強羅駅前。人は多くありませんが、喜びに満ちた良い空気でした。

再び電車に乗って、今度は彫刻の森に向かいます。強羅踏切ではこのような手作りのメッセージボードを掲げている方々もいました。
いやいや彫刻の森なんか電車待ってないで歩いたほうがいいだろって思った方、僕はこれ↓を撮りたかったんです。


ホテル「ゆとわ」の駐車場で、箱根の皆さんが登山電車に手を振っています。車掌さんからも右側で地元の方が手を振っている旨、案内がありました。奥には箱根登山バスと、普段芦ノ湖を走っている伊豆箱根の水陸両用バスでしょうか。箱根登山と伊豆箱根は箱根山戦争をしていた仲ですが、最近はすっかり仲が良くなりましたね。支えあっているのが各所で感じられます。

彫刻の森で電車を降りて、ゆとわ前にやってきました。強羅行きの定期列車です。車掌さんも手を振っています。横断幕を入れたかったのですが、報道陣の方の陰になってしまいました。しかも僕たちがいた位置、報道の方々からしたら画的に邪魔な位置だったかもしれません。申し訳ない。車道側で撮影しておりますが、路側帯からはみ出さないようにするなど、極力通行の妨げにならないよう注意して撮影しました。

ゆとわの駐車場にいた登山バスがこのような表示を出していました。

場所を変えて。みなさん地面にテープを貼って、密接にならないように立っているんです。とても嬉しそうに登山電車に手を振っておられました。
さてやってきたのはリニューアル明けでピカピカなB2編成の貸切列車。貸切が来るとは知らなかったので、いきなり来てびっくりです。先頭のクモハ1003には赤羽国土交通大臣、黒岩神奈川県知事、函嶺白百合学園の関係者の方々などが乗っていたようです。こちらも道路の端ですが、通行の妨げにならないよう配慮して撮影しています。

中間車、モハ2202です。この方々は函嶺白百合の生徒さんと卒業生でしょうか、本当に嬉しそうです。僕は以前、まだ110号車が引退する直前の頃ですが、函嶺白百合の生徒さんと話す機会がありました。彼女たちにとって登山電車はただの通学電車ではなく、もう学校の一部のようになっていると感じられました。そう思うと彼女たちの喜びは計り知れませんね。この写真、前にいた方々の頭を避けて撮ったため、上がスカスカになってしまいました。ご容赦ください。なお最後尾のクモハ1004には報道陣の方々が大勢乗っておられました。

こちらは箱根湯本行きの定期列車。実はここでのお手振りが始まる前に、受付が置かれて人が集まり準備をしているのを少しだけ見ていたのですが、もうその高揚感といったらすごかったです。ベタな言葉ですけど、本当に登山電車は地元から愛されているなあと、そう感じました。


強羅駅に戻りました。1番線には大役を務めたB2編成の姿が。貸切表示が珍しいですね。ちなみにこの編成には運転再開記念のHMが貼られていますが、右側の絵がシュリーレン台車を履いてドア間5枚窓、つまり今は亡き111号車か112号車です。しかも連結器がアーノルドカプラー。鉄コレのイラストを流用したのでしょうか。

その後強羅駅前では運転再開記念の式典が行われ、抱山社長、赤羽大臣、黒岩知事、山口町長からお話がありました。特に抱山社長と山口町長の口から多く出たのは「感謝」。お二人とも、この方々、あの方々と細かく感謝の意を述べられ、胸が熱くなるとともに、改めてとてつもない多くの方々が登山電車の復旧や運休期間を支えてこられたんだなと感じることができました。また抱山社長の口からは、箱根登山鉄道と同様に昨年の台風19号で被災された方々や未だ復旧できていない輸送機関のみなさん、また先日来の豪雨で被災された方々や同業他社のみなさんへのお見舞いの言葉が述べられ、その言葉には当事者になったからこその重みを感じました。
ちなみにこの日の箱根は一日雨予報で、実際に早朝は降っていたようですが、ゆとわでのお手振りや式典の前後は雨が上がり、曇天ではありましたが落ち着いてお祝い出来ました。
長くなりますので続きは後編へ。